2017年12月16日
上田市出身/森井洋介選手/初代ライト級チャンピオンに!

その後テレビ中継はなくなり激しい試合があっても会場に来る一部の人しか知らない時代が続き選手関係者が報われて欲しいと思っていました。
そんな中で新日本プロレスを再生させたブシロードさんという会社がスポンサーになりノックアウトという団体の垣根を越えた活動が始まり注目を集めてきました。
倒しあい上等の選手たちがプロボクシングで禁止されている肘打ちも使い常に倒す試合をモットーに興行を重ね12月10日には両国国技館で興行を打ち5000人を越える観客が集まり新たなブームの期待が高まりました。
この大舞台に上田市出身の森井洋介選手がいたことは嬉しかったです。思えば森井洋介選手はノックアウト立ち上げの会見会場で試合をしてKO勝ちしてマスコミ関係者にキックボクシングの凄みを教えた時点でノックアウトの象徴になることが運命つけられていたのだと思います。
そしてKOを重ね12月10日には初代ライト級チャンピオンになりました。森井洋介選手の対戦相手の勝次選手は沢村忠氏の目黒ジムの流れを継ぐ選手で名門ジムの選手を倒してチャンピオンになった時点で新しい時代を幕開けたのだと感じました。
森井洋介選手新チャンピオンおめでとうございます。これからもKO勝ちをバンバン重ねてキックボクシングの凄みを伝えて欲しいと思います。森井洋介選手の更なる活躍とノックアウトの繁栄を願っています。
2017年12月05日
上田市出身/森井洋介選手/12月10日両国国技館で頂点へ!






ノックアウトも回を重ねる毎に激しい試合を行い今週末12月10日両国国技館で大きな興行を行うことになりました。僕は都心に住んでいないので分かりませんが山手線の広告に今回の興行の宣伝があるそうで力が入っていると思います。
その興行の中で長野県関係者が出場します。上田市出身の森井洋介選手です。森井洋介選手は長野市出身でキックボクシングの世界チャンピオンになった小林聡氏の元で研鑽に励んでいました。
かつてはテレビ中継もなくマニアの中でしか評価されていませんでしたがノックアウトで日の当たる場所に出ると7戦6勝6KO無敗1分けと頭角を現しそして今回初代ライト級王者決定戦に出場することになりました。
対戦するのは肘打ち系の老舗団体新日本キックボクシング連盟チャンピオン勝次選手です。勝次選手も現在4連続KOと絶好調でスリリングな倒し合いになり凄い試合になりそうです。
両国国技館興行の盛会と地元出身の森井洋介選手がキックボクシングをメジャーなスポーツに引き上げてくれることに期待しています。
2017年10月30日
元パルセイロレディース/佐山万里菜選手/プロボクサーに転向




11年から13年にパルセイロレディースに在籍した佐山万里菜選手がプロボクサーに転向したそうです。プロ野球ドラフト会議の翌日10月27日のスポニチを買いました。その時にドラフト会議よりインパクトのある記事がありました。先に書いた元パルセイロレディースの佐山万里菜選手のプロボクサー転向でした。
佐山万里菜選手は千葉県出身、小6からサッカーを始め宮間選手の小中学校の先輩、鮫島選手とは高校の同級生になるそうです。パルセイロレディースが入れ替え戦に勝ちその後本田監督が来て強くなりましたがレディースの創成期を支えた名選手が佐山万里菜選手でした。
3月のデビュー戦ではタイ人選手に判定勝ち、プロ第2戦目は昨日10月29日に札幌で行われたそうです。JBCのホームページを見たらまだ結果が更新されておらず現時点では結果が分かりませんがトランクスにスポンサーとして寺島工務店さんと脇島さんの長野市の会社の名前が入ったそうで長野市縁の選手として期待しています。
佐山万里菜選手/パルセイロレディースや長野市で培ったものを新天地て生かして活躍して欲しいです。佐山万里菜選手の活躍に期待しています。
2017年09月19日
内柴正人氏/17年12月刑期が満期に…

内柴正人氏は柔道界から永久追放されていますが出所後は柔術をやりたいと話していました。元メダリストも39歳になるそうです。周りはグレイシーとの対戦を煽っていますがなんだかな…という気持ちでした。
同じくメダリストの滝本選手が柔道では実績が段違いだった菊田選手に圧倒されました。滝本選手も対戦前は菊田選手をなめていたと思いますが内柴正人氏にも同じような感じがしました。
何年か前の大晦日にヒクソングレイシー選手の息子さんが韓国のレスリング王者と対戦した試合を見ましたが客席はガラガラでギャラが払えるのか?余計な心配をしてしまいました。業界が下火になっている中でグレイシーとの対戦を語っていましたが巨額なファイトマネーや名声を得るのは厳しいと思います。
最近のプロレスは飛んだり跳ねたり頭部に攻撃したりセンスが必要で内柴正人氏にプロレスに必要な華やアドリブの効く頭の回転の早さはないように思えプロレスで成功するのは難しいと思います。
AVをすすめる書き込みもありましたが販売会社や企画が違っても出てくる男優は同じような人ばかりで内柴正人氏が精力的でも魅せることとは別でAVも厳しいと思います。
内柴正人氏は人の何倍も己に厳しかったと思いますが自分を抑えられなかったことが残念でなりません。出所後自分が逮捕前にいかに恵まれていたのか分かると思います。僕も高校時代柔道部だったので内柴正人氏の柔道家としての偉大さは分かる故に転落が残念でなりません。
2017年08月06日
熊を撃退した空手家の娘/宮川ひろ美さん



僕は若い頃キックボクシングをしていました。1995年8月に吉本興行さんがスポンサーになってくれ難波グランド花月の地下でキックボクシングの興行があり28歳だった僕は参戦しました。
同じ興行に山梨県で実戦空手を普及している宮川道場さんから女子選手が2名参戦しました。その中の1人が宮川道場館長の娘さん宮川ひろ美さんでした。
宮川ひろ美さんは15歳でジャパン女子プロレスのエースだった風間ルミ選手と異種格闘技戦をしました。館長の娘さんとして非凡な実力があったことが抜擢された理由だと思いますが正直な感想でこんなに可愛い娘さんが格闘技をしているのか!雑誌で宮川ひろ美さんのことを知り興味を持ちましたが当時はネットがなく情報が分からずに宮川ひろ美さんのことはそれっきりでした。
宮川ひろ美さんは僕の事など眼中にないのは分かっていますが宮川ひろ美さんと同じリングに立てるのは嬉しかったです。
宮川ひろ美さんは興行を主催した北心ジムの三宅有美選手と対戦しました。三宅有美選手は当時活躍の場がなかった女子キックを真剣に打ち込んでいた女子高校生でレディースの試合とは思えないレベルの高い試合でした。空手着を着て挑んだ宮川ひろ美さんの技は冴え強く美しく思いました。
当時僕は自宅から会社まで約3キロほど走って通い約20キロはある金属製の建設資材を運び夜はスポーツジムのサンドバックを借りたり公園でシャドーボクシングをしたり走ったり人と遊んだり飲みに行ったりせずに格闘技かマラソンか一人旅に打ちこみ非公式ながらフルマラソンが4時間10分台で走れるようになりました。
しかし仕事関係者以外は女性と話をしたことがなくそんな中で見た宮川ひろ美選手には憧れがありました。ただ僕の方が格闘技選手としては全く芽が出ずに宮川ひろ美さんと話をするのは恐れ多いと思っていましたが…
大阪の試合から3ヶ月後に山梨県石和町で宮川道場さんの興行があり僕もオファーを受けて参戦しました。宮川ひろ美さんはその時はプロレスラーサンダークラック選手と異種格闘技を行いました。身体的に不利でしたが空手技を決めて時間切れ引き分けでした。
95年当時は女子格闘技は現在ほど盛んでなく団体同士が横の繋がりが無い中でやっている感じでした。強くて美しかった宮川ひろ美さんは20年遅く生まれていればスポットを浴びていたと思い時代に振り回された格闘家だと思いました。
宮川館長がニュースになり娘さんを思いだし青春時代の淡い気持ちを思いだし懐かしくもあり幸せな気分になりました。宮川ひろ美さんのご健康とご多幸を願っています。
2017年08月05日
長野市在住/石岡沙織選手/8月26日にRIZEN出場をかけ大一番



石岡沙織選手は4月16日に開催された総合格闘技のビッグイベントRIZINに出場して勝ち全国の格闘技ファンに存在をアピールしました。柔道をベースに洗練された打撃テクニックにバランスのとれた格闘家です。
試合は8月26日新宿で応援に行かれずに残念ですが今回はRIZIN女子GP出場をかけた大一番になるそうです。長野市で技を研き世界と闘っている石岡沙織選手は凄いし素晴らしいです。例年にない厳しい暑さの中で体調管理も大変だと思いますが勝ち上がりRIZINの大舞台で活躍することを期待しています。石岡沙織選手の更なる活躍を願っています。
2017年08月02日
68歳空手家熊に襲われ撃退/山梨県・宮川道場/宮川博人館長




今から22年前の1995年僕は現在とは想像がつきませんがキックボクシングをしていました。僕は新卒で大阪に配属になりそこでキックボクシングを始めた関係で大阪を主戦場にしていました。
その年の夏に吉本興行さんが僕の所属していた連盟のスポンサーになってくれ難波グランド花月地下のディスコで興行を行い僕も出場しました。その時に宮川博人館長と娘さんともう一人の選手が出場して初めて宮川博人館長と会いました。
宮川道場さんはK-1や総合の試合にも出場したことがあり流派の枠を越え活躍しているのを知っていました。山梨県と長野県は近いので今度試合があった時は呼んでくれるという話になり3ヶ月後の11月12日に石和町の清流公園で宮川博人館長が興行を行い声をかけてもらいました。
タイトルマッチや宮川博人館長の門下生や娘さんがプロレスラーと異種格闘技戦を行いその前座に出場させてもらいました。
僕の対戦相手は障がいを持ちながらも宮川道場さんに入門して鍛えキックボクシングにチャレンジしてきた選手でした。その選手の稽古の様子や仕事の様子や試合が山梨放送でテレビ放映されることになり僕が対戦相手に選ばれました。
宮川道場の選手は根性があり良いところを出せず結果は判定負けでしたがプロレスのリングはスプリングが効いて軸足が定まらないほど柔らかく本格的なリングで感激でした。僕は小さな頃プロレスラーになりたかったのでプロレスラーと同じ控え室になりプロレスラーと同じリングに上がれ形を変えプロレスのリングに上がる夢が叶い幸せでした。試合は完全アウェイでしたが試合後は温かな拍手と声援をいただき格闘技をして良かったと思いました。
その後建築関係の仕事をしていた僕はオリンピック特需になり何年分の仕事をすることになり家を建てたことなど重なり格闘技はやめましたが今回のニュースで宮川博人館長が熊にワンツーから左の回し蹴りを決めた場面が想像できバリバリの現役で鍛練を怠たっていなかった知り武道家のかがみのようでそして積極的に大会を開催して実戦空手の普及に務めていたことを知り嬉しく思いました。
宮川博人館長、プロレスラーと同じリングに立たせてもらい夢や活躍の場をいただきありがとうございました。宮川博人館長が生涯現役であることと山梨県で実戦空手が根付いていくことを願っています。
2017年06月03日
元Kー1/佐竹雅昭選手/武蔵選手との不服判定を語る


かつてKー1はゴールデンタイムに放送されたり東京ドームでも興行をしたことがあり凄い人気でした。試合の翌日にはいろいろな人が話題にしていました。
僕は若い頃弱いキックボクサーをして僅か3戦でしたがプロのリングに上がったことがありました。僕が所属していた団体で前座に出場していた時にメインイベントに出場していたのが武蔵選手のライバルと言われたタケル選手で僕の後輩にあたりKー1が放送されるとタケル選手は後輩だと自分の手柄のように語り壊れたテープレコーダーのように同じことばかり話すのでうざがられていました。
僕の思い出話はさておき99年の佐竹選手対武蔵選手の試合の頃はかつての熱が冷めていたので内容は分かりませんが佐竹選手が不可解判定をプロデューサーの石井館長に抗議したところ「どちらでも良い」と言われ経済人や芸能関係者の名前を出して自分の力を誇示したことに嫌気がさしてK-1をやめたそうです。
K-1ができる前にトーワ杯と呼ばれるグローブを着用して顔面パンチありで開催された試合で佐竹選手は因幡選手と対戦、1度は因幡選手が勝ったものの完全決着だと続行が命じられ因幡選手が敗れた不可解な試合を僕はリアルタイムで見ていたので不可解な判定でスターダムにのしあがった佐竹選手が不可解な判定でK-1を去っていったのは因果なことだと思いました。
飛ぶとりを落とす勢いだったK-1がまさか石井館長の脱税や選手のファイトマネー未払いで地上波から消えるとは20世紀には想像できませんでした。
新生K-1は復活しましたが軽量級中心でかつてヘビー級のKOシーンにときめいた人から見れば新生K-1は別物に見える人もいると思います。マクドナルドは藤田田社長の頃と現在では別物に感じますがK-1もそんなイメージがあると思います。
スレは思ったほど伸びず佐竹選手が身体を張ったK-1は20世紀の話になってしまったんだな…と思うと寂しさを感じてしまいました。
2017年05月28日
木村フィリップミノル選手/復活なるか?

木村フィリップミノル選手は日本人キラーのゲーオ選手を敗った選手です。日本人選手の中で誰が最初に黒星をつけるか注目されていましたが木村フィリップミノル選手が偉業を達成するとは思わず驚きでした。
持ち前のビッグマウスでKRASHや新生K-1を盛り上げていましたが最近は勝ち星に恵まれず一時の勢いがなく残念です。
そんな中で5月25日のヤフーニュースに木村フィリップミノル選手が今日5月28日の試合について取り上げられていました。
対戦相手のKENJI選手は34歳で今年引退を決意、捨て身で壊しに行くと宣言しています。KRASHのプロデューサーも並みの選手で終わるか?の瀬戸際だと語り木村フィリップミノル選手に何人かの選手から対戦要求があり自分の名前に群がるな!と怒りのコメントを出したそうです。
木村フィリップミノル選手、豪快にKOして復活の狼煙をあげて格闘技界を持ち前のビッグマウスで盛り上げて欲しいと思います。木村フィリップミノル選手の健闘を願っています。
2017年05月17日
千曲市出身/モデル/大関さおりさん/5月19日にプロボクサーデビュー


僕は芸能界に疎いので大関さおりさんの名前を初めて知りましたが大関さおりさんはHONDAのイメージガールなどで活躍、レースクイーンの他に現在発売中のバイク雑誌MOTO,NAVIの表紙になっているそうです。
長野商業ではバレーボール選手として活躍、当初はダイエット目的だったそうですが身体能力の高さをみた会長のススメでプロテストを受け今回のデビュー戦が決まったそうです。
172センチの身長とバレーボールで鍛えたフィジカルを生かしてアクションのできる女優も目指しているそうでヤフーニュースのコメントを見れば高野某さんの二番煎じ的な書き込みや4刀流と書いた記事に批判的なコメントも多かったですが自分の人生、人の意見よりも若いうちにやりたいことにチャレンジして欲しいと思います。
デビュー戦戦の白星と大関さおりさんの更なる活躍を願っています。